Netflixドラマ【真夜中のミサ】ネタバレ感想・考察_謎の神父がもたらす奇跡の正体とは

真夜中のミサ レビュー

こんにちは。
今回はNetflixで配信されているホラードラマ【真夜中のミサ】のネタバレ感想・考察をお届けします!
本作は本土から50キロ離れた孤島で繰り広げられるパニックホラー作品です。

まず始めに【真夜中のミサ】の基本情報をお届けします。

基本情報

謎めいた若き神父が現れた小さな町で起こる、信じられない奇跡や不気味な怪事件。神父を妄信し始めた人々と寂れ果てた町に訪れるのは真の救済か、それとも…。Netflix

監督

マイク・フラナガン監督

本作の監督を務めたのはマイク・フラナガン監督です。
マイク・フラナガン監督はスティーブン・キング原作の【ドクター・スリープ】や、Netflixオリジナルドラマ【ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス】など、主にホラー作品を制作してきた監督です。

マイク・フラナガン監督は小学5年生の時に、スティーブン・キングの【IT/イット】を読んでからホラー小説オタクになったと語っており、幼少期からホラー作品に親しんできた監督です。

ここから先は【真夜中のミサ】のネタバレを含みます。

ネタバレ感想・考察

少ない話数で展開される物語

ネットフリックス限定

これまでホラー作品を数多く手掛けてきたマイク・フラナガン監督の【真夜中のミサ】は、聖書をベースにしたホラー作品でした。
本作は全7話のリミテッドシリーズ(1シーズンで物語が完結する作品群)という限られた時間の中で上手く収められていると感じました。
Netflixのリミテッドシリーズは他にも【クイーンズ・ギャンビット】などがあります。

随所にみられる長回し

真夜中のメサのビーチ

物語はライリーが飲酒運転で少女を轢いてしまった場面から始まります。

本作を観て最初に感じたことは、演出技法です。

本作では長回しと呼ばれるカットをせずにシーンを撮る技法をよく使っています。
長回しのメリットとしてカットという、いわば切り替え点が存在しないので観客に休む暇を与えず、作品に引き込ませることが出来ます。

本作では長回しが随所で見られとても印象に残りました。
長回しは上記の通り物語に引き込むことが出来る反面、撮影でのミスが許されないので相当なプレッシャーだったと思われます。

実は本作の監督を務めたマイク・フラナガン監督は長回しをよく使います。
本作の他にも、【ドクター・スリープ】や【ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス】でも観ることが出来ます。

恐怖が増す効果音

本作はホラーですが、ホラーに大切な怖がらせ方が面白かったです。
と言ってもfunnyの面白さではなく、興味の面白さです(笑)
本作では随所でを使用しています。

教会での讃美歌やBGM、そしてふと気を抜いた時に来る驚かせるための効果音です。
中でも特に弦楽器の音が印象的でした。
私は楽器に詳しくはないのですが、恐らくヴィオラ、もしくはチェロだと思われます。

それを驚かせたい場面では使用しており、独特の低音が恐怖を上手く演出できていたと思います。

そんな音での驚かせ方が多かったのですが、たまに映像でも驚かせて来るので不意を突かれてしまいました。
公民館での場面で、ライリーが初めて『天使』と呼ばれるものに出会うシーンで不意に『天使』がライリーめがけて飛んでくるシーンでは、それまで音に警戒していたので、不意を突かれてしまいました(笑)

更に、ライリーがボートの上で燃えてしまう場面では、一度、轢いてしまった少女を登場させることで静けさを演出し、そこから不意にアニーの悲鳴に切り替わるという、驚かせつつ、ライリーの死を印象付けるのに効果的な音の変化がありました。

音と言えば音楽の使い方も素晴らしいと感じました。
本作は音楽を使う場面を限定しているように感じました。

本作では会話が多くの場面を占めています。よく、会話のような単調で変化が生まれないシーンでは音楽を後ろで流すことが多いのですが、本作では音楽を流す場面を制限している様でした。

普段は音楽を流しませんが、教会での讃美歌や、ここぞという場面では逆に大きく流すことで場面をより一層、印象的にしていました。

独特な色合い

真夜中のミサの映像

本作は、暖かい色の場所をより温かく、暗い場所をより暗くしていました。
これにより、本作により一層、不穏な雰囲気を持たせることが出来ていました。

物語終盤で、火や電気のような光っているものに、オーラの様なものが見えるようになるシーンでは、本作の映像の色合いが上手くマッチしていました。
もしかすると、この演出を際立たせるために全体的な色合いを決めたのかもしれませんね。

ライリーと司祭の会話

ポール司祭とライリーの会話

本作では、ライリーとポール神父の会話が何度かありました。
そこで印象的だったのが、飲酒運転により少女を轢いてしまったライリーと、ジョーを殺害してしまったポール司祭の会話です。

ポール神父はジョーを殺害してしまったことに関して罪悪感が無いと告白します。
ポール神父は自分が嘘をついてしまうことについて懺悔をしていたりと、正直さを大切にしていました。

そんなポール神父がライリーに、自分の告白についてどう感じたかを聞いた時、ライリーは最初、怒りだと言いました。
しかし、ポール神父はライリーの心を見透かしたように何度も問いかけます。
そして遂に、ライリーは嫉妬と言いました。

これは、物語序盤からライリーの前に度々現れていた少女の死体が関係していると考えられます。

ライリーは刑務所や、就寝前などに毎回、轢いてしまった少女の死体が目の前に現れていました。
この少女の死体は幽霊ではなく、ライリーの罪悪感を現しているのでした。
つまり、ライリーは少女を轢いてしまったことに関する罪悪感が消えずにいました。

これを踏まえて上記の、ポール神父の問いに関するライリーの答えを考えると、殺害に関しての罪悪感が無いポール司祭に対して嫉妬心を抱いてたようです。

『天使』は天使である

真夜中のミサの天使

本作でも特に印象的だったのが、『天使』と呼ばれるものです。
この『天使』は私たちが想像する天使とは違い、コウモリのような羽に悪魔のような顔が特徴的でした。
そんな、想像とは違う『天使』の正体は何なのでしょうか。

本作では最後まで正体について言及されることはありませんでしたが、ポール神父が聖書から引用したセリフで、

天使は、恐れてはいけないと言った

というセリフがあります。
私は宗教に詳しくはありませんが、この記述は、天使に対して恐れていたということでは無い様です。

しかし、本作は聖書の新解釈ともいえる作品になっているので、この記述を天使に対しての恐れだと解釈したのでしょう。

さらに、聖書では天使の姿に関する記述はあまりなく、その後の宗教絵画などで姿が確立化されてきたようです。
なので、この姿を天使の本当の姿として考えることもできます。
つまり、この『天使』は本当の天使である可能性があります。

『天使』は天使ではない

雨の中の天使

上記では、『天使』が天使である説について書きましたが、もう一つの説があります。

本作は聖書の新解釈だと書きましたが、同時に、聖書の個人的な解釈がみられる作品でもありました。
特に顕著だったのが、キリスト教に狂信的なベバリー・キーンです。
ベバリーは何かあるごとに聖書の記述を引用していました。

物語の終盤、民家の火が燃え広がることを心配していたスター時に対してベバリーは「ヨハネの黙示録」を引用し、教会は焼かれずに助かり、自分も助かると言っていました。
このように、ベバリーは聖書の記述に関して、個人的な解釈を度々していました。

これはベバリーだけでなく、ポール神父にも言えます。
ポール神父が、洞窟で『天使』の与えた血を飲むことで自分に若さを与えたことから、神父はその怪物が『天使』であると解釈します。
実際には『それ』が何かは分かりませんが、ポール神父の解釈により『天使』とされたと言えます。
これは教会で行われていた、パンとワインをキリストの体と血に見立てる儀式から考えられたと推測できます。

つまり、『天使』はポール神父が独自に解釈したものであり、実際には天使ではない『何か』であるというのがこの説です。

では、この『何か』とは何なのでしょうか?

人型で血を欲し、コウモリのような翼から連想されるのは吸血鬼ではないでしょうか。
そのため、この説では『天使』ではなく、『吸血鬼』であると考えられます。

総評

【真夜中のミサ】は、キリスト教をベースとしたホラー作品として、キリスト教の知識がある人は勿論、キリスト教の知識が無い人でも楽しめる作品であると感じました。

ホラー作品と言っても、純粋なホラーではなく、人間関係や、死についてなど、様々な要素が上手く構成されている作品でした。
それらをマイク・フラナガン監督が映像や音楽で更に印象付けることが出来ていたと思います。

しかし、特殊なホラー作品ゆえに、純粋なホラーを求める人には少し物足りないと感じてしまうかもしれません。

個人的には、まるで小説の世界に入り込んだかのような繊細な描写がとても気に入りました。

さいごに

いかがだったでしょうか。
【真夜中のミサ】を気に入った方は、マイク・フラナガン監督の他の作品である【ドクター・スリープ】や【ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス】でも本作のような雰囲気を感じることが出来ると思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!

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