『ウィッシュ』ネタバレ感想・レビュー_夢と魔法の王国は100周年に危機を迎える

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ウィッシュのアイキャッチ レビュー

ディズニー100周年記念作品となった映画『ウィッシュ』は大成功とは言えない興行収入が目立ちますがそれは作品のクオリティに直結するのか?
この記事では映画『ウィッシュ』のネタバレ感想をお届けします。

【原題】
Wish
【日本公開】
2023年12月15日
【監督】
クリス・バック、ファウン・ヴィーラスンソーン
【キャスト】
アリアナ・デボーズ、クリス・パイン、アラン・ティディック、アンジェリーク・カブラル、ヴィクター・ガーバー、ナターシャ・ロスウェル、
ロサス王国は18歳になると自分の夢を渡すが、渡した本人は自分の夢を忘れてしまう。
ロサス王国を治めるマグニフィコ王は年に何度か預かった夢を叶えている。
そんな国に住む少女アーシャは王様との面接で祖父の願いを叶えてほしいと懇願するが、何を企んでいるのかわからないという理由で断られてしまう。
さらに夢を返すことも拒否されたことからアーシャは王様に違和感を感じ、夢を開放することを決断する。
ここから先は『ウィッシュ』のネタバレを含みます。

主人公の行動

本作の舞台になるのは王様が夢を叶えてくれるロサス王国です。
そしてそこに住むアーシャという少女が本作の主人公でした。
100歳になってもまだ願いを叶えてもらえないおじいちゃんと暮らすアーシャは王様との面接の際に叶えてほしいとお願いしますが、おじいちゃんの夢がなにか企んでいると考えた王様は願いを叶えることを拒否します。
それならおじいちゃんに夢を返してほしいと言いますが、それも断られます。
そこからアーシャは夢をみんなに返そうと動きます。
つまり本作の主人公はもちろんアーシャです。
それは分かっているのですが、本作の前半部分の感想としては、アーシャよりも王様のマグニフィコ王のほうが理解できました。
というのも本作の前半から中盤にかけてアーシャがマグニフィコ王に対抗する勢力を作るまで、アーシャは自分の考えに従って動きます。
自分のコンパスを持つことは大切で、それは過去のディズニーでも共通していましたが、アーシャの場合はそれが正しいのか少し疑問に思いました。
この話をするにはマグニフィコ王の過去を少し振り返る必要があります。
マグニフィコ王がロサス王国を作る前に住んでいた村が襲撃に会い、家族を皆殺しにされてしまいました。
そのことを今でも考えており、もし当時魔法が使えたらと言っていました。
この家族の悲惨な運命から得た教訓はロサス王国を統治するマグニフィコ王の性格にも現れていて、マグニフィコ王は国で反乱が起こらないようにしていました。
だから予測できない可能性を持つアーシャのおじいちゃんの夢を叶えないように決断しました。
村の悲惨な運命から生き延びて多くの人が暮らす国を治める王様としては危険な賭けに出るのは避けたいでしょう。
なのでここでの選択というのは間違っていないと思います。
そしてその危険な可能性がある夢を本人に返すのもまた、脅威が野放しになるということなので拒否しているのも納得できます。
そもそもアーシャは100歳になるおじいちゃんの夢を叶えたいがゆえの行動から、王様の集めた国民の夢を開放しようという動きになるのは少し強引というか、そもそもそのやり方で国は安定していましたし、映画冒頭のガイドをしているアーシャも幸せそうでした。
それをマグニフィコ王のやり方に賛成できないからという理由で夢が叶う国という大切なコンセプトを崩壊させてまでやることではないと思いました。
過去の後悔から国を守るために少々独占的なやり方のマグニフィコ王でしたが、それが結果的に国の繁栄につながっていたことも相まって、アーシャの行動に賛成するのは難しいです。
なので物語の前半はアーシャの行動に疑問を持ち続けていました。
そして中盤から終盤にかけて物語は大きく進展していきます。

 

アーシャは本作のメインソングにもなっている「ウィッシュ~この願い~」を歌い、空から「スター」が飛んできます。
そしてこのスターの魔法や、アーシャの歌に乗せた訴えもあり、共に戦う仲間を手に入れました。
ここから、マグニフィコ王のキャラクターが一転したと感じました。
最初に話した通り、私は前半でマグニフィコ王の行動に賛成していたのですが、アーシャがスターと出会ったあたりから動きが怪しくなりました。
そもそもこの国でマグニフィコ王以外の魔法が目撃されることは異常事態なわけで、それに備えることは理解できます。
しかし過去のトラウマからか、封印していた禁断の書にまで手を出してしまい、マグニフィコ王の性格は凶変します。
マグニフィコ王の妻のアマヤ王妃は彼への愛から悪い面を見ないようにしていましたが、アーシャとネズミに感化されて行動を起こすことに決めました。
本作においてマグニフィコ王はヴィランの立ち位置にありましたが、中盤に来て禁断の書をきっかけに典型的なヴィランに凶変させるのは少し強引すぎる気がしましたが、ここまで明らかなヴィラン像を見せられると流石に私も悪役として捉えるようになり、アーシャの行動に最後まで納得は行かないものの、アーシャに王様の暴走を止めてもらう方が良いなと思うようになりました。
そもそもアーシャの行動がマグニフィコ王をヴィランにしたような見方もできてしまいますが、これがディズニーの選択ならそれに従うしかありません。
最終的に国民の夢を自分の能力強化に使うことを躊躇しない姿勢を見せるマグニフィコ王に賛成の意思はないものの、アーシャの指名手配をする場面では市民から夢の話ばかりをされており、夢に依存した国の異様な様子が垣間見えた瞬間でした。
物語を通して、全体的にアーシャへの感情移入や信頼というのはできませんでした。
というのもやはり国が現在の状態で繁栄して維持できているというのが大きい理由だと思います。
このまともで幸せな国の仕組みに疑問を持ち、それを自分の意志で変えていこうとするアーシャの行動力は尊敬する部分がありますが、そもそも行こうとしている先に賛同できないという、主人公の行動に賛成できない致命的な欠陥が残念でした。
もっと、王様に夢を預けることで起こる無視できないデメリットを示してほしかったです。
一応、作中では「心にぽっかり穴が開く感じがする」と表現されていましたが、夢を失うことで喪失感を感じるという展開は他作品でも見たような設定で、それをアーシャの行動理由として掲げるのも普通であれば問題ないと思いますが、夢を叶える王様と夢を託す国民という構造が成功している以上、それを大きなデメリットとしてしまうのは説得力に欠けていました。
こんなに言っておきながら、私は本作の特に後半は楽しめたのですが、鑑賞後に特段お気に入りになったキャラクターはいませんでした。
ディズニーと言えばエルサやラプンツェルなど、公開後も長く人気になるキャラクターがいますし、私も他のディズニー作品を鑑賞後はそういった作中のキャラクターが記憶に残ることが多いのですが、本作はそういったことがありませんでした。
強いて言うならマグニフィコ王の方で、アーシャに関しては本当に微妙な印象しか残りませんでした。
印象に残らなかったのはアーシャだけではありません。
本作には『白雪姫』の7人の小人を思わせるような7人の仲間が登場しました。
中にはグランピーのような怒りっぽいキャラクターもいました。
しかしこの仲間たちが7人の小人のオマージュのためだけに存在していて、作品を通しての存在感は殆どありませんでした。
唯一活躍したところといえば天井を開けようと頑張るところですが、そこくらいです。
あの7人組が出てくる時間をもう少しアーシャやマグニフィコ王の内面を深ぼるのに使えば、よりメインのキャラクターに魅力が出ていたと思います。
アーシャを密告したサイモンを演じたのがエヴァン・ピーターズだったので、好きな俳優が演じるキャラクターを見られたのは良かったのかな?
そしてヤギのヴァレンティーノはマスコット的な立ち位置にいながら存在感がなさすぎでした。
オラフやパスカルを見習え。

ただ、本作はキャラクターよりも曲の方が目立っていた感じはします。
そしてその曲は私がキャラクターに感情移入できなかったのに本作を楽しめた理由に繋がります。

 

ディズニー・オーケストラ

なぜ私が本作を楽しめたのか?
その理由は音楽が大きいです。
本作は素敵な曲や壮大なオーケストラが作品のテンションを底上げしていた印象です。
まず本作のメインとも言える「ウィッシュ~この願い~」はアーシャが行動を起こす際の複雑な気持ちを表しており、アーシャの行動に疑問を持つ私ですが曲自体は気に入りました。
なにか行動を起こす際に慎重派な私には完全同意することが難しい曲ですが、アリアナ・デボーズの見事な歌声は曲にインパクトを与えており、この曲を好きになる人は多いと思います。
さらに物語の終盤に国民が一致団結してマグニフィコ王を倒す場面でもう一度歌われるのですが、あの場面は引き込まれました。
国民が頼りにしていた国王の暴走を目の当たりにして一致団結する少し無理やりな展開に見えてしまいましたが、そんなこともあの歌の前ではどうでも良くなってしまいました。
「ウィッシュ~この願い~」は、最初は自分を信じて動き出すアーシャの気持ちとして歌われ、ラストでは国民全体が新しい道を踏み出す気持ちとして歌われていたと思います。
大勢の歌声が一つになったあの場面は正直ウルっとしました。
それくらい最後の「ウィッシュ〜この願い〜」には力強さがありました。
他にもアーシャが仲間にマグニフィコ王について教えるときに歌っていた「Knowing What I Know Now(原題)」はこれからの戦いに備えた鼓舞するような力強い曲になっていました。
このように本作の曲は作品全体を通しても一番印象に残りました。
最後の戦いではオーケストラも『ファンタジア』のような壮大な中に緊張感や焦りが感じられるもので場面を盛り上げていました。
このように本作では魅力的な楽曲や昔のディズニーを思わせるような音楽が多く登場しており、懐かしさを感じることができました。
魅力的な楽曲はディズニーの強みでそれを活かした作品づくりは未来を明るいものにしてくれる可能性があるかもしれないと私は思います。

 

ディズニーへの願い

ここ2〜3年のディズニーはあまり好成績を残せていません。
直近で公開した映画『マーベルズ』はマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の作品で最低の興行収入を記録してしまいました。
その理由として考えられるのがディズニーの取り組みで、実写版『リトル・マーメイド』や実写版『ピーターパン』ではアニメから想定される人種を大幅に変更したことでも多くの批判を受けました。
この結果がもたらしたディズニーのイメージダウンは公開前の作品にも影響が見られ、作品の評価を意図的に下げる低評価爆弾や、公開された作品の興行収入を下げる要因にもなっていると思います。
さらに、ディズニーのストリーミングサービスである「Disney+」で比較的早くディズニーの新作が観れることから、Disney+に来るのを待つ人というのも多くいると言われています。
そしてその影響は100周年記念作品も例外ではなく『ウィッシュ』の公開初週の興行収入は3170万ドルでした。
全世界興行収入は現時点で1億ドルまで伸びていますが、本作の制作費は2億ドルと言われているので、このままでは成功とは言えない結果になりそうです。
ここからディズニーはどうなっていくのか分かりませんが、私は本作がディズニーの強みを再確認させてくれたように感じます。
それが音楽です。
ディズニーは昔から魅力的な音楽を多く生み出してきました。
遡れば1937年に公開された映画『白雪姫』の「いつか王子様が」や、1950年に公開された映画『シンデレラ』の「夢はひそかに」など、心に残る名曲が生まれてきました。
それは本作も例外ではなく「ウィッシュ~この願い~」は力強さと繊細さを持ち合わせており、とてもお気に入りになりました。
私はディズニーにとって音楽というのはとても大きな強みだと思います。
そして、本作を『ピノキオ』の名曲「星に願いを」で締めたのも、本作のテーマに合いつつ、ギター1つでもその魅力が伝わる自信があったと思うので、ディズニーも音楽が強みであるというのは分かっていると思います。
ディズニーの音楽は昔から多くの人の心を魅了し続け、興行成績が低迷している今でも誇れる長所だと思います。
なのでそれを活かした作品づくりをしていってほしいです。
そして観客の求めるものとディズニーの届けたいものが一致したとき、それは感動になると思います。

 

不自然な映像

そんなディズニーの強みが現れていた本作ですが、感動を視覚的に伝える映像の面では少し違和感を感じました。
それが映像の質感です。
本作は昨今のディズニー作品には見られない特殊な質感になっていました。
キャラクターは粘土のような質感で、光や影の影響を受けにくくなっていました。
これは背景も同様で、それにより立体感を感じにくい映像になっていました。
それが新鮮で魅力的な映像にもなっていないので最後までこの違和感は残りました。
2Dと3Dを組み合わせて成功した例として『スパイダーバース』がありますが、ディズニーは独自の新しいスタイルで同様の成功を狙ったのでしょうか?
本作が100周年記念だということを考えると昔の2Dと現在の3Dを組み合わせたのかもしれませんが、その組み合わせはうまくいっていなかったと思います。
一方で光は効果的な場面があったと思います。
特に印象に残っているのが最後の戦いでマグニフィコ王が使っていた緑の魔法です。
この魔法は神秘的な効果を生み出してたと思います。
特に本作は映像の色合いや奥行きに楽しさを感じられなかったので、こういった派手な演出がより一層際立っていたと感じました。
星が大切になってくる本作ではある意味良かったのかもしれません。
映像関連では、本作ではインビジブルカットが多用されていました。
これは2つのショットをまるで1つのショットかのように繋げるものです。
そこは気になっただけで特にマイナスポイントではありませんが、ディズニーのブームなんでしょうか?

 

夢と魔法の王国

ここまで良かったところと気になったところを話してきましたが、本作は夢と魔法の物語でした。
これはディズニーに共通するものですね。
正直、映画の中で重要になる「みんながスター」というのは何ら新しい考えではないです。
初めて映画を見る子供たちには響くかもしれませんが、同じような話は他の映画でも使われているので、ある程度成長した人は新鮮味を感じにくいかもしれません。
実際私も「またこのテーマか」と感じた部分はありました。
しかしこのテーマを改めて強調するのは悪くないと思います。
私は結構楽観主義で「何事も最終的にはうまくいく」と考えています。
そしてそれを成功させるには、この人生の主人公の私が頑張る必要があると考えています。
そしてそのモチベーションには映画や海外ドラマの影響が大きいです。
そんな私にとって自分がスターだなんて理解しきっていますが、それでもこのテーマに飽きていませんし、誰かのモチベーションになるなら今後も扱われ続けてほしいと思います。
そしてそれを発信するのが、かつて夢と魔法の物語で世界を魅了してきたディズニーなのも良いと思います。
『ピノキオ』も『リトル・マーメイド』も夢から始まり、魔法が夢を叶える大きな力になっていたので、その原点を描いたという意味ではディズニー100周年にふさわしいものになっていたと思います。
エンドロールで金色に光るディズニーキャラクターが見えたときは改めてディズニーがどれだけ私にとって身近だったかを思い出しました。
しかしこれは100周年だからできたことです。
ここから先はまだ険しい道がありますし、昨今の事情を考えるとディズニーにはより不透明な未来が待ち構えています。
100周年の先にあるのは光か闇か。
これからもディズニーの物語は続いていきます。